パリでの忘れ物                      

今から10数年前のことです。

日曜日が休店になるパリのデパート・ギャラリーラファイエットの店内は、土曜日の昼下がり、大勢の買物客でごった返していました。別館で妻の体操着を、本館で子供の美しい色の水着を買って、おもちゃ売り場でパソコンが発音する子供用フランス語学習コンピュータをめずらしさで買い求め(これは私の分)、さらに沢山展示されているジグソーパズルの品定めをしているうちに、妻が大変だ体操着が無い、と言い出しました。人混みの間をかきわけて、心当たりの所に戻ったり、近くの店員に探してもらったりしましたが、見つかりませんでした。こんなに大勢の客がいるし、ましてパリだし、とあきらめて、体操着を買いなおしました。念の為に、帰りがけにデパートの地下案内所に忘れ物の届けを出してきました。

2日後の月曜日帰国する日です。朝、ホテルにデパートから電話があり、閉店後に探したら忘れ物が出てきたから取りに来てください、とのこと。妻に急いで取りに行かせました。そうこうするうちに、ホテルのフロントから、予約したタクシーが着きました、との電話。一家3人分の荷物を、急いでロビーまで運び出し、運転手さんには、追加料金を払うからと言って、その場で待ってもらうことにしました。やっと戻ってきた妻に、早く乗りなさいと急かせて、予定より遅れてシャルル・ドゴール空港に着きました。タクシーを降りて、荷物を確認すると、ルーブル美術館で買い求めた、絵画のプリント版のケースが見当たりません。帰り際、ホテルの部屋のロッカーを確認してきたのに、と私がいうと、妻が、忘れるといけないから、ロッカーから出してベッドの脇に立てかけておいた、というのです(そんなこと知らないよ)。あいにくルーブルの容器は、白い三角柱のボール紙で出来ていて、部屋の壁も白だったので、急いでいる私の目には入らなかったのです。今からタクシーでホテルまで往復していると、帰国便に乗り遅れてしまいます。ホテルに電話して、先程まで405号に滞在していたコモリヤですが、部屋の中に1メートル位の白い箱を忘れました、中身はルーブルの土産品です、いずれまた伺いますので、その時まで保管しておいてください、とお願いしました。身振り手振りが出来ない電話で、私のいんちきフランス語ですから、はじめから意味が先方に通じていないかもしれないし、いずれといっても1年後のことですから、随分いいかげんな話です。

帰国してからも、ルーブルの絵のことが頭から離れず、夢にまで出てきます。意を決して、東京の旅行会社にパリのホテルまでFAXで問い合わせてください、と申し込みました。料金は5000円かかりますよ、パリのホテルじゃ無駄だと思いますが、といいながら問い合わせてくれました。ところが、そのホテルで、無事に保管してくれていました。旅行会社のご厚意で、次のツアーのコンダクターさんに、その品物を日本に持ち帰っていただき、今は額におさまって、医院の待合室にマリーローランサンのココシャネル像、シャガール、カシニョールが、そしてお気に入りのヂュフイのニース海岸の絵が自宅に掲げてあります。こうして、パリの忘れ物は2度とも無事手元に戻ってきました。あきらめない気持ちが天に通じたのでしょうか。いえ、それよりも、フランスの人たちは,現在の日本人にも勝る道徳を身につけているのでは無いでしょうか。