フランス料理の食べ方                   

(これさえ読めばテーブルマナーなんてアッカンベーだ!)

フランス料理が苦手な人の理由の一つに、ナイフ、フォーク、スプーンの使い方など、いわゆるテーブルマナーが、堅苦しくていやだということがあります。右手にナイフ、左手にフオークなんて、誰が言い出したのさ。要するに、他人に迷惑のかからない範囲で、自分の好きな方法で、好きなように食べればいいのですから、本当は、日本食を食べるのと同じなのです。ですから、なんだったら、箸でフランス料理をいただいてもかまいません。

それでは、歴史的に、その裏付けをしてみましょう。

中世

15世紀までのヨーロッパの封建領主は、他からの侵略に備え、防禦をほどこした館に家来とともに住んでいた。調理室の暖炉には、常に火があって、肉塊が焼かれ、またその火にかかった大鍋では、豆や野菜、そして塩漬肉などが、常に煮えていたという。この中には、香辛料、パン粉、卵黄等が入り、ドロドロで、みだくさんの煮物であった。これをポタージュpotage(potで煮られたものの総称)と呼んだ。

焼き肉塊は大皿に盛られ、ポタージュは大鉢に入れられた。

各個人には、分厚く切ったパン、もしくは分厚く焼かれた固いパンが、現在で云う取り皿の代わりに渡された(このパンをスープsoupeと呼びポタージュにひたして食べもした)。

このように、各自には、皿もフオークもナイフも無かったので、人々は腰から短剣を抜いて、ナイフ代わりに大皿上の焼き肉を切り取り、当然手でつかんで食べた。

フオークがないので、手指が使われ、食べ物は、指でつかんでパンの上に載せたり口に持っていったりした。そういうわけで、ポタージュは、スプーンも無い時代ですから、ドロドロしている必要があったわけです。

こうして汚れた手指は、給仕が捧げ持つ鉢の香り水ですすぎ、テーブルクロスの裾で拭いた。

きれいになった手で、隣人と共用のポタージュ鉢をかかえ、お椀でするように、口を鉢につけてすすった。もちろん、コップや壷からワインも飲んでいた。

すなわち、各個人にとっては、指がフオークの、鉢が日本のお椀と同じくスプーンの、短剣がナイフの役割をしていた。(注、全体の料理を別の鉢に移し換えるときには、大きなスプーンが使われていたようだ)

ナイフは本来調理具であって、西洋料理の場合、最終調理が食卓で行われるということが、ナイフを必要としない和食と大きく違う点である。

ルネッサンス

16世紀になると、アラブ世界との香辛料を軸とした貿易で財をなした市民階級が、個人の自立をもたらし、洗練された料理法が発展した。1533年フィレンツエのカトリーヌ・ド・メデイシスという高名な女性がフランスの王家に嫁いできた。その結果、フランス料理は発展し、器も金属器から陶器に代わり、その後には磁器へと発展していった。

イタリアでは、早くからスープを口に運ぶために、スプーンを使っていたが、ようやくこの時代になると、共用の鉢や食器に共に口をつけることを嫌う個人主義が生まれてきた。その100年後、17世紀始めにフランスにも口に運ぶための個人用のスプーンが広まってきた。

フオークはフィレンツエでは、すでに14世紀から使用されていた。しかし、カトリーヌ・ド・メデイシスの嫁入り道具にはフオークは含まれていなかったという。カトリーヌ・ド・メデイシスは指で食事していたことになる。指の方が、確実に食物をつかめるので便利である。フオークは指よりも不器用であり、料理がぽたぽた落ちてしまう、と人気がなかった。神様のくれた食物は手でつまんで食べるべきで、フオークなどを使うのは神の摂理にもとると反対する僧侶などもいて、フオークの普及は、17世紀以降になった。フオークの利点は、熱いものを持つことが出来る、指が汚れないで済むので、指をいちいち洗わずに済むことである。そして、なんと云っても、きれいでない指でもフオークを持てば衛生的に食事が出来るという、衛生思想の普遍化で、今日ではフオークを使うのが、一般化されたのである。

ベルサイユ宮殿
ベルサイユ宮殿をを造営したルイ14世は17世紀後半から18世紀にかけて君臨した国王である。このころのフランスでは、すでに個人用の皿(錫、銀、陶器)、ナイフ、スプーン、フオークなど、が使われていた。しかしルイ14世はフオークを使わず、指を美しく動かして食べることを好んだと云う。18世紀になると、西洋でも磁器が食器に登場した。磁器は、今までの食器とちがい、なめらかで硬くて、ナイフ、フオークで傷つかないので、みるまに一般化していった。

フランス大革命
フランス大革命の後は、貴族おかかえの料理人は巷に放り出されて、レストランを開き始めた。そして、集団ではなく、一人一人の個人に対して、料理を提供する、現在のレストランの形態が出来上がったのである。

以上は、現代フランス料理(柴田書店)の見田盛夫さんの、「フランス料理に箸の出番はあるか」という記事を基にして私がまとめたものです。

これまでで、諸賢はおわかりになられたと思いますが、つい100年ちょっと前までは、フランスの王様までが、フオークを使わず、手づかみでフランス料理を召し上がっていたのです。要は、何を使おうとも、自分の好みの食器でフランス料理を食べていいのです。見田盛夫さんの記事によると、現に、近頃フランスでは、料理が極々柔らかく仕上げられ、ナイフを使わずフオークだけで済ます傾向が顕著であるという。

ですから、ナイフは右(左でしたっけ?)フオークは左(右でしたっけ?)なんて、かしこまらずに、利き腕で、フオークを使ったり、場合によっては手づかみで、気楽にフランス料理を味わえばいいのです。「でも、私は手づかみなんて、したことがないんですのよ、おほほ」、なんてうそでしょう。まさかパンをフォークとナイフでジャッグラー(軽業師)のように操作して食べる方はありません、きっとあなたも手づかみでパンを持っていらっしゃるでしょう。

しかし、始めに申し上げた様に、他の方に迷惑をかけないようにしなければなりません。スープや、スパゲッテイなどをすすり込むとズーズーと音がして、迷惑です。

ところで、すべてのフランス人は、生まれながらにして日本人とは違い、スープを音を立てずに食べるのでしょうか。いいえ、ちがいます。ノルマンデイーを舞台にした、フランス映画「LACOMBE LUCIAN ルシアンの青春」、という映画の中で、家庭でろくにしつけをされずに育った主人公のルシアン少年は、ズーズーとすすり、ペチャペチャと口を開いて音を立てながらスープを食べていて、いかにも下品な食べ方をしています。

口を開いて、食物をスプーンごと口の中にいれ、口を閉じ、スプーンを抜いてから食べればいいわけで、決してすすってはいけません。スープを飲むと思うからダメなので、スープを食べるのです。何云ってるかわからないって?スープはそれをスプーンで口まで持って行くでしょう。これは、カレーライスを食べるときと同じ動作ですよね。カレーライスをすすりながら食べませんよね。ですから、カレーライスを食べるのと、全く同じ気持ちでスープを食べればいいのです。簡単でしょう。スープを手前からすくうか、向こう側からすくうか、なんてことを論じるのはナンセンス。別に、どちらでも他人に迷惑はかかりません。私は、少し残った最後のスープをすくうときは、片手でスープ皿を傾けて、スープを一カ所に集めてすくいます。

日本の某ホテルの気取ったデイナーで、牛フィレ肉のキャビアソース掛けというのが出てきました。おいしそうなキャビアソースは、フォークのすきまから、流れ落ちてしまい、ほとんど食べることが出来ません。周囲の人を見回しても、皿の上にキャビアがどっさり残っています。もったいない。私は、テーブルの上にセットされていた、コーヒー用のスプーンでキャビアをすくって、きれいにいただきました。フランスのレストラン(リヨンのクリスチャン・ブイヨー)で、ギャルソンに頼んで、あとからスプーンを持ってきてもらって、おいしいソースをいただいたことがあります。

「アポルテモア ユヌ キュイエール シュルブプレ」といって、お願いします。

堅苦しいテーブルマナーなんてアッカンベーだ!

皆さん、気楽にフランス料理を味わいましょう。